| 美術展

Cecily Brown: Picture Making | Serpentine(London)

https://youtu.be/FD3qSvCtfuE?si=i9q37jsuBYvsUTpX
公式サイト:https://www.serpentinegalleries.org/whats-on/cecily-brown-picture-making/

Cecily Brown: Picture Making

力強い筆致、鮮やかな色彩、そしてダイナミックな構図で知られるセシリー・ブラウンは、ケンジントン・ガーデンズにあるサーペンタイン・ギャラリー(ロンドン)の独特な立地にインスピレーションを得た絵画を発表します。この場所は、彼女にとって個人的にも特別な意味を持つ場所です。

自然や公園での生活といったテーマは、長年にわたりブラウンの表現探求を形作ってきた。彼女は、スケール、色彩、そして恋人同士、森の風景、不思議な自然散策といった繰り返し現れるモチーフを駆使して、様々な実験を行っている。

本展のために特別に制作された新作に加え、2001年以降の代表的な絵画作品、近年のモノタイプ作品やドローイング作品も展示されている。展覧会は、ブラウンが幼い頃に抱いていたイギリスの風景の記憶、児童書の挿絵への強い関心、そして教訓的な物語に潜む暗い側面を暗示している。

「ピクチャー・メイキング」は、ブラウンにとって2005年にオックスフォード近代美術館で開催された展覧会以来、英国の美術館で開催される初の本格的な個展であり、過去30年間ニューヨークで活動してきた英国人アーティストにとって、故郷への凱旋となる。

動画の日本語訳

0:00 集合的記憶というのはとても強力で、イメージはあらゆる人に届く手段なんですよね。

0:10 言語を超えている。結局、そこが肝心なところですよね。

0:20 すごくわくわくしています。実は作品を掛け終えてから、会場を回って作品について話すのはこれが初めてなんです。

0:28 まずは最近の作品『A Round Robin』から始めます。

0:33 これは実は、亡くなった父、というか継父へのオマージュのようなものなんです。

0:38 抽象と具象のあいだの綱渡りそのものといった作品なので、展覧会全体の基調を決めているところがあります。

0:46 ある意味で基調を決めているのは、これが視線をさまよわせるような絵だからです。

0:53 見る人をそれぞれの絵の中に招き入れて、歩き回ってもらいたいんです。作品の多くが『Nature Walk(自然散策)』というタイトルですから。

1:01 この作品は断片や記憶のようなもので、継父はインドで育ったんです。

1:08 だから、彼のインドの記憶とサリーが混ざり合ったものを、ある意味でひとつにまとめようとしている。

1:17 ただし、文字どおりの形ではなく。

1:19 この話をするかどうか、実は自分でも決めていなかったんですが、まあ話してしまいましたね。彼の名前はロビンでした。

1:25 展覧会全体が一種の自然散策、あるいは散歩になるんです。

1:29 画家パウル・クレーの「線を散歩に連れ出す」という言葉があります。これらの絵が目に対してしたいのは、まさにそういうことなんです。

1:41 風景、自然、庭、公園は、ずっと私の絵画的な言語の一部でした。

1:48 下見に来たとき、自然を描いた作品に焦点を絞るのがとても理にかなっていると思えたんです。

1:54 周りの公園の残像、という考え方が好きなんです。

1:58 公園を通り抜けてきたばかりだから、それが頭の中に残っている。そこへ絵がそれを投げ返してくる。

2:04 そしてできれば、また公園に戻ったとき、絵によって公園の見え方が少し変わっていたらいいなと思います。

2:20 人がここで長い時間を過ごしてくれると思うと嬉しいです。特にこの部屋は、長く見ることだけでなく、見方を切り替えることも促すと思います。

2:30 間近で親密に見ることと、全体像を見ること。スケールの変化というのも、私がずっとこだわっていることのひとつです。

2:39 小さい絵も大きい絵とまったく同じように私の制作の一部です。あらゆるサイズで描いています。

2:45 よく「小さい作品は大きい作品の習作ですか?」と聞かれるんですが、まったく違います。小さい作品はそれ自体で独立したものなんです。

2:53 当然、小さい作品には近づかないといけません。だから、普段は絵から安全な距離をとっている人たちも、近づいていいんだと気づいてくれたらと思います。

3:07 絵を見ることは、絵をつくる行為ととてもよく似ている、という考え方が好きです。

3:11 ある意味で、目が筆の運びをなぞるんです。

3:15 ひとつの色を選んで、作品から作品へと目で追ってみてください。

3:20 そうすると、ある絵から次の絵へのつながりが見えてきて、「この黄色、どこで見たっけ?」と考える。同じ色が別々の絵に繰り返し現れているのが見えてくるんです。

3:42 特定の物語を語ろうとしているわけでは必ずしもないんですが、ときどき特定の主題に食らいつくことがあって、

3:51 たとえばカップルです。これは2004年の作品で、たぶん一番好きな絵です。カップルを描いた絵が2点あります。

4:00 2点目の『Canopy』は人物がそれほどはっきり見えないと思いますが、一度見えてしまうと、もう見ずにはいられない。ここに顔が二つあります。

4:08 とてもよく似た構図です。

4:13 キスしているカップルを見たときのことを思い出した、とおっしゃるのは面白いですね。

4:17 キュレーターのリジー・ケアリー=トーマスや、ハンス・ウルリッヒ・オブリストと話すなかで、実は

4:25 この公園にはとても活発な夜の顔があって、今でもたくさんの……という話になったんです。

4:29 まあ、公園には恋人たちがいて、すごくロマンチックで、ちょっと熱っぽい場所でもあるんですよね。

4:42 この部屋にはドローイングや紙の作品も入れました。どれも外部の資料から写したものです。

4:49 使う形の言語を単純化したかったんです。ある種のコード、ほとんどピクトグラムのような視覚言語をあらかじめ決めておくことで。

5:00 毎回ゼロから何かを発明し直さなければと考えるかわりに、「よし、木なら三種類ある。

5:07 この種類と、あの種類と、それからあの種類」という具合です。ドローイングの多くはそのままの模写ですが、私はまさに他人のものを写すことで描き方を学んでいるんです。

5:17 当たり前に聞こえるでしょうけど、曲をカバーする、他人の音楽を演奏するのと同じです。そうやってやり方を身につけていくんです。

5:26 ドローイングを展示に入れたかったのは、特に主題がそれほどはっきりしない場合に、絵を読み解く入り口としてとても役に立つと感じるからです。

5:47 展覧会を『Picture Making(ピクチャー・メイキング)』と名づけたのは、ひとつには子どもの本の挿絵を使っていることと関係しています。

5:52 挿絵についてずっと考えていて、昔ピクチャーブックと呼ばれていた絵本や児童書は、

6:00 たぶんほとんどの人にとってイメージの世界への最初の入り口なんですよね。子どもの頃は、すごく鮮烈じゃないですか。

6:08 別の世界に運ばれていくような感じがする。そこが素晴らしいところです。

6:12 子どもの頃って、絵のない本は読みたくなかったでしょう。

6:18 これはいい例だと思います。ざっと見ただけの人は、ここにこの妙な小さな……気づかないかもしれない。彼女が誰なのか、私にもわからないんですけど。

6:26 いつのまにか現れたんです。親指姫みたいに。

6:30 この作品は『Froggy Would a-Wooing Go』というタイトルで、カエルが街へ繰り出していく童謡がもとになっています。

6:37 いわば『放蕩一代記』のカエル版です。

6:46 私は作品のなかで、世界はこんなにも邪悪なのに、こんなにも美しい、という二面性をずっと捉えようとしてきました。

6:55 そして、その事実からは本当には逃れられない、ということを。

6:59 それをずっと作品に埋め込もうとしてきたんです。残虐な出来事を描かなくても、

7:07 底に暗さの気配が常にあるように。

7:13 散歩に出ると、世界で一番美しい日なのに、どうしても何か気持ちの悪いものに出くわしたりするでしょう?

7:20 茂みに捨てられた下着だったり、何かの死骸だったり。そうすると急に、

7:28 痛みや死や暴力を絶えず思い出させるものが現れる。自然のなかにさえ。

7:33 その意味で、展示の最後の作品は『Hurry Up Please It’s Time』というタイトルです。ターナーの絵の一部分をもとにしていて、

7:42 その部分はルシアン・フロイドやユッタ・ケーターなど、ほかの画家たちも使っています。

7:49 浜辺の死んだ魚の、とても強烈なイメージです。

7:55 このイメージにたまたま出会って、まっさらな地面にものが散らばっている様子が、とても喚起的に感じられたんです。

8:08 描くこと、ドローイングすることそのものは、とても苦しいこともありますが、大きな喜びも与えてくれます。

8:16 繰り返しになりますが、遊び心があって、気持ちを上向かせてくれて、喜びに満ちたものであってほしいんです。

8:22 言うまでもなく、今は気分を明るくしてくれる気晴らしなら、何でも必要ですから。

8:31 本当に、本当に大変な時代です。この展示が公園の散歩のようなものになればと思います。

8:36 現実逃避的なものにしたいわけではないんです。でも視覚的なものは何であれ、公園を散歩すると気分がよくなるのと同じように働くと思うんです。

8:44 つまり、私や、絵を見るのが好きな人たちにとっては、それはまさに別の世界なんですよね。

注釈

『A Round Robin』は継父の名ロビンに掛けたタイトルです(round robin は英語で「持ち回り」「連名の嘆願書」などの意)。『Froggy Would a-Wooing Go』は英国の古い童謡で、カエルが求婚に出かける歌です。『放蕩一代記(A Rake’s Progress)』はホガースの連作。『Hurry Up Please It’s Time』はT・S・エリオット『荒地』に出てくる、パブの閉店を告げる台詞です。

8:31の「a walk in the park」は「楽勝」「気軽なこと」という慣用句でもあり、文字どおりの意味と重ねています。文中の「公園」は、話の流れから会場を囲む公園(サーペンタインのあるケンジントン・ガーデンズ)を指していると思われます。

4:13は聞き手の発言を受けたもので、4:25は原文でも言いさしになっています。

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