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「サラ・モリス 取引権限」を大阪で鑑賞してきました。

皆さんこんにちは。2026年4月5日(日曜日)展覧会の最終日でしたが、サラ・モリス 取引権限展【会期:2026年1月31日(土)– 4月5日(日)】を鑑賞してきました。東京在住なので簡単にはいけないのですが、日本初開催のモリスの大規模個展です。

エスパス ルイ・ヴィトン大阪:ジェフ・クーンズ展も鑑賞したかったので、2つ観たいのがあるなら新幹線代払ってもいいかと思って、日帰りで東京から足を運んでみました。初めての大阪旅行です。京都は何度か訪れたことあったのですが、大阪は初めて訪れました。早朝起床で、13時頃には新大阪駅に到着し、帰宅は深夜0時を超えていましたが、流石に泊まるほど他に観たい場所があったわけではなかったので、日帰りで正解でした。

肝心の大阪中之島美術館の建物の設計にも興味があり、楽しみにしていましたが、想像以上に大きく開放感もあり、圧倒された空間設計です。大阪に在住の方が羨ましいくらいの美術館です。東京の国立新美術館もすごいですが、建物内の開放感や作りの面白さは大阪中之島美術館の方が好きかもです。1階には北欧インテリアブランドのHAYのショップもあり、こちらも賑わっていました。

サラ・モリスはジェフ・クーンズの元で働いていたこともあり、同時代のネオ・ジオ系のアーティスト、ピーター・ハリー等の影響も受けているようです。絵画の他に映像作品も制作している現代アーティストです。

※今回は個人の感想として色々記述しています。正確な情報を元にしていない場合もありますので、ご注意ください。

Realistic Proとは、1980年代から90年代にかけて、アメリカの家電量販店「ラジオシャック(RadioShack)」が展開していたプライベートブランドです。

警察、消防、航空無線、あるいは企業の内部通信など、街中に飛び交っている「暗号化されていない無線信号」をスキャンして聴くための道具です。ネットが普及する前、都市の「裏側の情報」にアクセスするための最もポピュラーなハッキングツールでした。一部の記者や関係者が情報収集に使うこともあったよようですが、「世の中で飛んでる通信を傍受する趣味・情報収集」用で、趣味で無線を聴いている人がいたくらい、当時はある意味ポピュラーな商品です。

サラ・モリスの絵画が都市の「骨組み」を可視化したものだとしたら、このレシーバーで傍受した音声は都市の中で流れる「情報の流れや構造」を捉えるための道具です。見えない情報インフラを、音声と受信機を展示することで作品としています。個人的にはこの作品が一番好きでした。

サラ・モリスの作品「いじわるナース(Bully Nurse)」は、1997年に制作された、彼女のキャリア初期における代表的な絵画作品の一つです。 抽象的な幾何学模様を特徴とするサラ・モリスの建築的な作品群とは異なり、具体的に「ナース」というモチーフを描いている点、そしてそのタイトルと描写からくる「意地悪さ」「強さ」「権威」が特徴です。色が黒なので決して救済の象徴としては描かれていないように感じます。

ナースという患者に対しての管理者がいじわるという設定で描かれています。「白衣の天使」という個人ではなく、病院というシステムの記号(アイコン)として描かれたのでしょうか?ドクターではないところが面白いですね。ドクターは診察をし治療をする役目なので、どちらかというとドクターは救済側なのかもしれません。

「Text Paintings」というシリーズの作品については、最初のホームセンターで販売されているサインを元に制作した作品以外にも、「NOTHING(空虚)」と「LIAR(嘘つき)』が展示されていました。

「NOTHING(何もない)」という言葉を、まるでコカ・コーラやナイキのロゴのように、強烈な色彩(イエロー×レッド)で「ブランド化」して提示した作品。芸術的な表現する伝統的な油絵具ではなく、街の看板や地下鉄の案内板に使われるペンキを使うことで、作品から芸術らしさのイメージを排除しました。「警告」「注意」「安売り」等で頻繁に使われる、最も目立つ色の組み合わせで、「NOTHING(何もない)」と描くことで、情報の過剰な都市で、中身のないメッセージや広告、ブランドに包囲されている現状を批評しているようです。

何に対して、嘘つきなのか?想像力を刺激される作品です。この絵画作品そのものか?社会や状況、システム、それとも鑑賞者の僕が嘘つきなのか?色々委ねられているようにも感じます。サラ・モリスの狙いはどこにあるのでしょうか?

師匠でもあるジェフ・クーンズは、全てを肯定するかのような作風ですが、サラ・モリスのLIARは真逆ですね。

サラ・モリスのイニシャルを幾何学的に発展させている作品です。正直、何を意味しているのかはよく理解はできませんでしたが、SとMという自分自身のイニシャルをロゴや記号として分解したり、構造的に分解して、構成しなおしたりしています。自分自身も社会やシステムに組み込まれた一部だとも解釈できそうですが、、、どうなんでしょうか?多種多様でもり、一部欠落したり、はみでたりしているような色の構成にも見えますね。

こちらも作品も、さっきの「いじわるなナース」と同じように靴も、その人の役割や立場を規定する象徴的な記号です。赤いタイツに靴を履いている女性の脚だと見えますが、赤いタイツでもないような気もします。何か意図した「社会的な記号」として描いたのでしょうか?

デジタルカメラで撮影したセルフポートレートをもとに、ピクセル風の絵画。タイトルの「SRHMRRS」はモリス自身の名前の母音を省略したものらしいです。作家のアイデンティティやスタイルもモザイクのようです。離れて眺めると顔が浮かび上がってきます。

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